日本人の驕り
日本人は、小学校から日本は世界第二位の経済大国で世界にも日本という国家は良く知られていると教わります。アジアだけでなく世界に対して日本人の優秀性を強調する教育は、多くの場合大変な間違いをを教える結果になっています。小学校から日本人の優秀性を教えられる子供たちは自然とアジアや発展途上国に対して、理由なき日本人の優越感の中で育てられます。人類社会で優秀な民族も優秀でない民族も存在しません。人類の永い歴史の中で、民族が優秀であるか、また優秀でないかは無意味な議論ですが、日本社会では子供の時代に日本人の優秀性を教え込まれます。
人類社会にあるのは、優秀な民族ではなく、民族や国籍や宗教や言語に関係ない優秀な個人の存在だけで、民族全体が優秀などありえない事実が平気で日本では教えられています。最先端の遺伝子工学で証明された日本人が韓国人と同じミトコンドリアDNAを持つ事実を考えても、日本人が遺伝的に韓国人であることを多くの日本人は知りませんが事実なのです。優秀な個人は存在するが民族全体が優秀だということは、日本人には犯罪を犯す者がいないというくらいの議論でしかありません。
英語で議論する中国や韓国の大学生に、日本の大学生が日本語で日本人は優秀だという議論していて、日本の大学生は外国語も満足に話せないのに、なぜ日本人が優秀だと言うのかと問われて、日本人には自分以外に優秀な人間がたくさんいると言い訳するしかありせん。私は日本人の優秀さを語るには、まず自分の能力を持って日本人の優秀さを語る必要があると痛感します。自分は優秀ではないが他の日本人は優秀な人間がたくさんいるか日本人が優秀など議論にもなりません。
日本人であるだけで優秀であると思い込まされる日本の子供たちは、人類社会で個人の能力を問われたときに、日本人の優秀さを説明できる根拠を持ちません。しかし、理由なき日本人の優越感は決して日本の教育からなくなりません。日本社会が教える日本人の幻想と誤解は、世代を超えて継承され、これからの21世紀の時代には日本人の幻想が大きな日本人の限界として日本人を狭い国土に押し込めていくでしょう。
日本の歴史を教えようとしない大人と日本の歴史を学ぼうともしない若者の日本は、海外に出て行って初めて自分たちが如何に日本の歴史を学んでいないかに驚かされます。自分の国家の歴史を知らないという無知を海外の人々から痛烈に知らされて初めて日本の若者は自分たちの無知に気づきますが、その無知である恥ずかしさと愚かさを教えてくれた人々に日本の若者は感謝ではなく反感を覚えてしまいます。
自分の無知を指摘されたというむかつく感情が生まれます。中国や韓国の反日感情を日本の政府や日本国民は問題にしますが、日本が明治以降に行ってきた日本民族だけがアジアの盟主になれる優秀な民族であるというアジア蔑視の日本の教育は問題がなかったのでしょうか。日本人はいつから朝鮮人や中国人を蔑視するようになったのでしょうか。中国や朝鮮は歴史的に考えて、日本よりもはるかに未開で野蛮な歴史を現在まで継続してきたのでしょうか。
日本人は漢字を創造し、多くの思想を生み出し、様々な人々が古代から来訪して、景教や回教や仏教の様々な宗教の経典翻訳をして、建築様式や陶磁器様式や漢方医学も弥生や縄文時代とは違うアジアに強力な影響力のある文化を生み出してきたのでしょうか。秦の始皇帝の時代から、日本でもファンの多い「三国志」の時代に、日本は邪馬台国の卑弥呼の時代でした。大唐帝国や大宋帝国や大モンゴル帝国や大明帝国や大清帝国以上の大帝国を築き、世界史に残る大帝国の歴史を日本は持っているでしょうか。
日本は古代からアジアを主導する巨大国家として世界史にも残る偉業を数多く残した国家として存在してきたのでしょうか。明治以降の135年の歴史の中で日本人が教育されてきたアジア人蔑視の感情は、現在も日本人の中に生き続けています。日本人はアジア人よりも優秀だという理由なき感情が未来のアジアと日本の大きな障害であることに日本人は愚かにも気づいていません。
人類社会にあるのは、優秀な民族ではなく、民族や国籍や宗教や言語に関係ない優秀な個人の存在だけで、民族全体が優秀などありえない事実が平気で日本では教えられています。最先端の遺伝子工学で証明された日本人が韓国人と同じミトコンドリアDNAを持つ事実を考えても、日本人が遺伝的に韓国人であることを多くの日本人は知りませんが事実なのです。優秀な個人は存在するが民族全体が優秀だということは、日本人には犯罪を犯す者がいないというくらいの議論でしかありません。
英語で議論する中国や韓国の大学生に、日本の大学生が日本語で日本人は優秀だという議論していて、日本の大学生は外国語も満足に話せないのに、なぜ日本人が優秀だと言うのかと問われて、日本人には自分以外に優秀な人間がたくさんいると言い訳するしかありせん。私は日本人の優秀さを語るには、まず自分の能力を持って日本人の優秀さを語る必要があると痛感します。自分は優秀ではないが他の日本人は優秀な人間がたくさんいるか日本人が優秀など議論にもなりません。
日本人であるだけで優秀であると思い込まされる日本の子供たちは、人類社会で個人の能力を問われたときに、日本人の優秀さを説明できる根拠を持ちません。しかし、理由なき日本人の優越感は決して日本の教育からなくなりません。日本社会が教える日本人の幻想と誤解は、世代を超えて継承され、これからの21世紀の時代には日本人の幻想が大きな日本人の限界として日本人を狭い国土に押し込めていくでしょう。
日本の歴史を教えようとしない大人と日本の歴史を学ぼうともしない若者の日本は、海外に出て行って初めて自分たちが如何に日本の歴史を学んでいないかに驚かされます。自分の国家の歴史を知らないという無知を海外の人々から痛烈に知らされて初めて日本の若者は自分たちの無知に気づきますが、その無知である恥ずかしさと愚かさを教えてくれた人々に日本の若者は感謝ではなく反感を覚えてしまいます。
自分の無知を指摘されたというむかつく感情が生まれます。中国や韓国の反日感情を日本の政府や日本国民は問題にしますが、日本が明治以降に行ってきた日本民族だけがアジアの盟主になれる優秀な民族であるというアジア蔑視の日本の教育は問題がなかったのでしょうか。日本人はいつから朝鮮人や中国人を蔑視するようになったのでしょうか。中国や朝鮮は歴史的に考えて、日本よりもはるかに未開で野蛮な歴史を現在まで継続してきたのでしょうか。
日本人は漢字を創造し、多くの思想を生み出し、様々な人々が古代から来訪して、景教や回教や仏教の様々な宗教の経典翻訳をして、建築様式や陶磁器様式や漢方医学も弥生や縄文時代とは違うアジアに強力な影響力のある文化を生み出してきたのでしょうか。秦の始皇帝の時代から、日本でもファンの多い「三国志」の時代に、日本は邪馬台国の卑弥呼の時代でした。大唐帝国や大宋帝国や大モンゴル帝国や大明帝国や大清帝国以上の大帝国を築き、世界史に残る大帝国の歴史を日本は持っているでしょうか。
日本は古代からアジアを主導する巨大国家として世界史にも残る偉業を数多く残した国家として存在してきたのでしょうか。明治以降の135年の歴史の中で日本人が教育されてきたアジア人蔑視の感情は、現在も日本人の中に生き続けています。日本人はアジア人よりも優秀だという理由なき感情が未来のアジアと日本の大きな障害であることに日本人は愚かにも気づいていません。
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日本のグローバル化の遅れ
日本の新陳代謝とグローバル化の遅れの背景には、日本企業の組織特性がある。日本の製造業が戦後、高度成長したときは、欧米の技術をまねて、低賃金で生産することができた。このときは急速に変化する市場や技術に対応して、柔軟に対応する組織が有利だった。労働者は一生ひとつの会社にいるので、いろいろな部署を転々として「何でも屋」になる。大企業は得意先からシステムを受注して下請けに丸投げする「ITゼネコン」になり、ソフト開発は下請けが行なう。
こうした構造を支えているのは、企業組織や系列の中で維持される長期的関係である。これは典型的な資本主義の想定している物的資本による企業統治ではなく、人的資本を「暗黙の契約」で長期的に拘束するシステムだ。これはローカルな共同体で成り立つ伝統的な社会では広く見られるが、都市化して人の移動が多くなると長期的関係を維持することがむずかしくなる。
しかし日本は、世界にもまれに見る文化的・言語的に同質的な人々からなり、海外からの侵略を経験せず、内戦も少なかったため、多くの村を統括する地方豪族の連合体として国家が運営されるしくみが長く続いた。これは近代以降も企業や官僚制に残り、長期的関係にもとづいてローカルに情報を共有する分散型のシステムができた。これは富国強兵とか高度成長のように目的が決まっていて手本が明確なときは効率的で、意思決定をする経営者や政治家は無能でもつとまった。
ところが先進国の技術や制度をまねる段階が終わると、こういう分散型のシステムは中枢機能が弱いため、大きな方向転換ができない。その顕著な特徴が政治にみられる。首相や閣僚に実質的な決定権がなく、官僚が「ボトムアップ」で決めたことを承認することしかできない。その実態を無視して、無理に「政治主導」でやろうとすると、民主党政権のように空回りしてしまう。
ビジネスマンは政治家を嘲笑しているが、政治は日本型組織の鏡像なのだ。企業の陥っている病理も、政治とよく似ている。「多角化」や「フラット化」などと称してたくさんつくった子会社や事業部がバラバラに動き、役員会は各部門の代表者の利害調整の場になってしまう。社長が命令しても、各部門のコンセンサスが得られないと組織は動かない。
このような日本の組織の特徴は、ある意味では1000年以上も変わらないものだ。しかしネットワークが世界全体に広がり、ITによって情報が瞬時に共有される時代には、このようなローカルな組織の連合体という日本の組織の特性は適していない。ITによるグローバル化は、ある意味では日本人の古代以来の行動様式を変えることを迫っているのである。
こうした構造を支えているのは、企業組織や系列の中で維持される長期的関係である。これは典型的な資本主義の想定している物的資本による企業統治ではなく、人的資本を「暗黙の契約」で長期的に拘束するシステムだ。これはローカルな共同体で成り立つ伝統的な社会では広く見られるが、都市化して人の移動が多くなると長期的関係を維持することがむずかしくなる。
しかし日本は、世界にもまれに見る文化的・言語的に同質的な人々からなり、海外からの侵略を経験せず、内戦も少なかったため、多くの村を統括する地方豪族の連合体として国家が運営されるしくみが長く続いた。これは近代以降も企業や官僚制に残り、長期的関係にもとづいてローカルに情報を共有する分散型のシステムができた。これは富国強兵とか高度成長のように目的が決まっていて手本が明確なときは効率的で、意思決定をする経営者や政治家は無能でもつとまった。
ところが先進国の技術や制度をまねる段階が終わると、こういう分散型のシステムは中枢機能が弱いため、大きな方向転換ができない。その顕著な特徴が政治にみられる。首相や閣僚に実質的な決定権がなく、官僚が「ボトムアップ」で決めたことを承認することしかできない。その実態を無視して、無理に「政治主導」でやろうとすると、民主党政権のように空回りしてしまう。
ビジネスマンは政治家を嘲笑しているが、政治は日本型組織の鏡像なのだ。企業の陥っている病理も、政治とよく似ている。「多角化」や「フラット化」などと称してたくさんつくった子会社や事業部がバラバラに動き、役員会は各部門の代表者の利害調整の場になってしまう。社長が命令しても、各部門のコンセンサスが得られないと組織は動かない。
このような日本の組織の特徴は、ある意味では1000年以上も変わらないものだ。しかしネットワークが世界全体に広がり、ITによって情報が瞬時に共有される時代には、このようなローカルな組織の連合体という日本の組織の特性は適していない。ITによるグローバル化は、ある意味では日本人の古代以来の行動様式を変えることを迫っているのである。
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日本の戦争責任
戦争責任は、日本人が戦後忘れてきた最大の課題です。十分な議論ではなく、感情論や国粋主義が今も議論の中心を占めています。大東亜戦争は、二つの側面があります。欧米との主権戦争であり、アジアとの侵略戦争です。
ハルノートを日本は開戦の理由としてますが、ハルノートの内容はアジアの中国と東南アジア地域からの日本軍の撤兵と欧米連合国との相互不可侵という平和条約の締結です。
日本は朝鮮半島と台湾を残して、それ以外のアジア地域から軍隊と警察をすべて撤収して、連合国と平和条約を締結して平和的共存を目指すというものです。日本の正統な領土でもない中国や東南アジアを日本の領土とする日本は、日本の100万人以上の生命をかけて、守る正統性のない支配のための戦争をしました。
日本の歴史的な間違いは多々ありますが、工業力が100倍の米国と戦う不利益と国民の生命の犠牲はまったく考慮されなかったことは最大の悲劇です。勝てない戦争を行う愚かさも最悪ですが、負ければすべての海外の植民地を失うばかりか、日本の分割もありえることさえ考慮されませんでした。
ハルノートを受け入れれば、日本は戦争で失った多くの国民の資産と生命以上の悲惨さがあったのでしょうか。中国と東南アジアからの撤退という勇気が当時の日本にあれば、日本の多くの都市を廃墟にして、朝鮮半島や台湾や樺太などを失い、多くの国民を戦死させ、非戦闘員を原爆の業火で焼くことなかったでしょう。
* ハル・ノート(Hull note、正式にはOutline of proposed Basis for Agreement Between The United States and Japan)は太平洋戦争開戦直前の日米交渉において1941年11月27日になされたアメリカ側から日本側へ提出された交渉案のことである。
植民地政策がなぜ放棄されたのか、またなぜ植民地政策を行わなくても日本は戦後成功しているのか。日本は資本主義を理解し、ハルノートを受け入れ、新たな植民地のない工業化にまい進する日本になっていれば、中国に軍隊を派遣して、中国人を殺し、日本人も戦死する愚かな戦争の被害なくして、今よりも早く平和な近代工業国家になっていたでしょう。
民族の愚かな選択の責任は、日本の兵士が殺し殺され、流浪して餓死していった多くの中国人のためにも追求して、結論を出しておかねばなりません。戦火で住む家もなく、食べるものもなく、早く親族を失って流浪した経験のある中国の胡錦濤国家主席はまさに日本の戦争被害者ですが、何をしたかを忘れた加害者が被害者に対してどのような謝罪をするかは、国家だけでなく個人にも重要なことです。
日本人にはまさに世界が見えていなかったのです。近代工業化社会と市場開放の資本主義社会の足音を気づくだけの学習能力が欠如していました。精神力ですべてが達成できるという精神論の中だけで考える日本人は、精神力で戦争も勝てると本気で考えていました。
米国は100倍の工業力で、日本が飛行機を1機生産する時に米国は100機生産してくる戦争に対して、精神力で戦争は凌駕できると考える日本人には、植民地が必要でない現在の近代工業化社会の資本主義体制など想像もできなかったのです。愚かさの極致ですが、その愚かさの反省と責任を日本人は今も忘れています。
日本人は自分達の歴史を知らないとアジアの国民から言われます。自分の国家の歴史に無関心なことが、その人間の人間性を問われることだという意識が日本の特に若者にはありません。日本の文化や歴史に無関心な日本人に対する厳しい人間評価がアジアではされるのだという意識さえない日本人の海外交流は何かしら恐ろしい誤解の増幅が待っているような気がします。
現在問題になっている「日本人拉致問題」とは比べ物にならない一方的な日本人に対する殺傷・拉致事件である「李承晩ライン」の歴史など、日本人は忘れてしまっているのでしょう。中国大陸で第二次世界大戦中に、日本の100万人を超える軍隊がどのような残虐・卑劣な行いをしてきたかも、日本の若者は知りません。目の前で両親や子供や友人を日本人に殺された記憶のある中国人が、まだたくさん中国には生き残っています。一生忘れることができない、耐えがたい苦しみと悲しみを日本人から受けた中国人が、中国を訪れる日本人の目の前にいるという事実は現在の日本人には考えられないでしょう。
米国の日本の都市爆撃は悲惨でしたが、殺されていく日本人は米国爆撃機の搭乗員の顔を見ることはありませんでしたが、中国人は家族や友人を殺す日本人の顔を見ながら、苦しみと悲しみに耐えてきました。中国人の悲惨さは加害者の日本人の名前と顔を忘れられないことです。中国に観光に行けば、「私の両親を殺したあの日本人がいる。」と中国人の老人から叫ばれる危険を感じている日本人も、日本にはまだ多く存在します。日本人の加害者としての被害者に対する気遣いが、現在の日本人にあるかというと大いに疑問を感じます。
ハルノートを日本は開戦の理由としてますが、ハルノートの内容はアジアの中国と東南アジア地域からの日本軍の撤兵と欧米連合国との相互不可侵という平和条約の締結です。
日本は朝鮮半島と台湾を残して、それ以外のアジア地域から軍隊と警察をすべて撤収して、連合国と平和条約を締結して平和的共存を目指すというものです。日本の正統な領土でもない中国や東南アジアを日本の領土とする日本は、日本の100万人以上の生命をかけて、守る正統性のない支配のための戦争をしました。
日本の歴史的な間違いは多々ありますが、工業力が100倍の米国と戦う不利益と国民の生命の犠牲はまったく考慮されなかったことは最大の悲劇です。勝てない戦争を行う愚かさも最悪ですが、負ければすべての海外の植民地を失うばかりか、日本の分割もありえることさえ考慮されませんでした。
ハルノートを受け入れれば、日本は戦争で失った多くの国民の資産と生命以上の悲惨さがあったのでしょうか。中国と東南アジアからの撤退という勇気が当時の日本にあれば、日本の多くの都市を廃墟にして、朝鮮半島や台湾や樺太などを失い、多くの国民を戦死させ、非戦闘員を原爆の業火で焼くことなかったでしょう。
* ハル・ノート(Hull note、正式にはOutline of proposed Basis for Agreement Between The United States and Japan)は太平洋戦争開戦直前の日米交渉において1941年11月27日になされたアメリカ側から日本側へ提出された交渉案のことである。
植民地政策がなぜ放棄されたのか、またなぜ植民地政策を行わなくても日本は戦後成功しているのか。日本は資本主義を理解し、ハルノートを受け入れ、新たな植民地のない工業化にまい進する日本になっていれば、中国に軍隊を派遣して、中国人を殺し、日本人も戦死する愚かな戦争の被害なくして、今よりも早く平和な近代工業国家になっていたでしょう。
民族の愚かな選択の責任は、日本の兵士が殺し殺され、流浪して餓死していった多くの中国人のためにも追求して、結論を出しておかねばなりません。戦火で住む家もなく、食べるものもなく、早く親族を失って流浪した経験のある中国の胡錦濤国家主席はまさに日本の戦争被害者ですが、何をしたかを忘れた加害者が被害者に対してどのような謝罪をするかは、国家だけでなく個人にも重要なことです。
日本人にはまさに世界が見えていなかったのです。近代工業化社会と市場開放の資本主義社会の足音を気づくだけの学習能力が欠如していました。精神力ですべてが達成できるという精神論の中だけで考える日本人は、精神力で戦争も勝てると本気で考えていました。
米国は100倍の工業力で、日本が飛行機を1機生産する時に米国は100機生産してくる戦争に対して、精神力で戦争は凌駕できると考える日本人には、植民地が必要でない現在の近代工業化社会の資本主義体制など想像もできなかったのです。愚かさの極致ですが、その愚かさの反省と責任を日本人は今も忘れています。
日本人は自分達の歴史を知らないとアジアの国民から言われます。自分の国家の歴史に無関心なことが、その人間の人間性を問われることだという意識が日本の特に若者にはありません。日本の文化や歴史に無関心な日本人に対する厳しい人間評価がアジアではされるのだという意識さえない日本人の海外交流は何かしら恐ろしい誤解の増幅が待っているような気がします。
現在問題になっている「日本人拉致問題」とは比べ物にならない一方的な日本人に対する殺傷・拉致事件である「李承晩ライン」の歴史など、日本人は忘れてしまっているのでしょう。中国大陸で第二次世界大戦中に、日本の100万人を超える軍隊がどのような残虐・卑劣な行いをしてきたかも、日本の若者は知りません。目の前で両親や子供や友人を日本人に殺された記憶のある中国人が、まだたくさん中国には生き残っています。一生忘れることができない、耐えがたい苦しみと悲しみを日本人から受けた中国人が、中国を訪れる日本人の目の前にいるという事実は現在の日本人には考えられないでしょう。
米国の日本の都市爆撃は悲惨でしたが、殺されていく日本人は米国爆撃機の搭乗員の顔を見ることはありませんでしたが、中国人は家族や友人を殺す日本人の顔を見ながら、苦しみと悲しみに耐えてきました。中国人の悲惨さは加害者の日本人の名前と顔を忘れられないことです。中国に観光に行けば、「私の両親を殺したあの日本人がいる。」と中国人の老人から叫ばれる危険を感じている日本人も、日本にはまだ多く存在します。日本人の加害者としての被害者に対する気遣いが、現在の日本人にあるかというと大いに疑問を感じます。
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日本の近代史教育の道
何故、歴史を学ぶのだろうか。大きく分けると、二つの立場があるようだ。ひとつは、自国の歴史を知ることによって、誇りや愛国心をもつように、国民の一体感を高めることを目的とする、という立場である。もうひとつは、歴史を知ることによって、将来の道を過たないように、教訓を得るという立場である。
歴史学は、こうしてふたつの立場があるが、これまでのほとんどの「歴史教育」は、自国の地位を正当化し、国民に愛国心を植えつけることに奉仕をしてきた。しかし、特に第二次大戦後、ドイツは、自国の歴史を加害者の立場として記述し、また、日本でも、日本の戦争における加害行為を記述するようになった。そこに至るには、さまざまな経緯があったが、これまでの歴史教育から考えると、異色のものであった。
しかし、そのことは逆に、いわゆる「自虐史観」批判という形での歴史教育構想が打ち出され、ドイツでも日本でも、大論争を引き起こしている。日本では、1980年代にも、また、90年代にも、教科書問題が、特に歴史教育をめぐって起きている。しかし、80年代の問題は、主にアジア諸国からの批判が外交問題に発展したのに対して、90年代の問題は、国内からの批判から起っている。
更に、1990年代の新しい現象として、ヨーロッパで、ヨーロッパ全体の視点から見た歴史教科書が編纂された。つまり、近年、歴史教育が、単に自国の立場を正当化する立場からではなく、自国を相対化し、さまざまな視点から見る歴史観を育てようとする方向と、あくまでも、自国の立場を前面に出す立場が、鮮明に対立してきているのである。
このことを逆に考えると、歴史教育は、国際的な理解を深めることにもつながるし、また、逆に、国家間の対立感情を煽る役割を果たすこともある。後述するように、日本と韓国の間に、否定しがたい悪感情があるが、これは、双方の教育のあり方に影響を受けていると考えることができる。
一頃、アジア各国の日本に対する教育は、日本の戦争責任を厳しく追及するものであったが、もちろん、そればかりではない。
例えば、インドネシアの教科書には、「労務者は村落の農民から集められたので、この徴発は農村の経済状況にも影響を及ぼした。農民の労働力がよそにとられてしまったので農村経済はいよいよ後退した。その間、労務者に対する取扱いは列悪を極めた。彼等の健康は保証されず、食べ物は不足し、労働はあまりに過重だった。その結果、多くの労務者がその働き場所で死んでいった。」とあるが、日本の残虐さだけを強調しているのではない。
「無事に村に戻った労務者はいろいろな面で新しい経験を積んできていた。帰還した彼等が新しい考え方を持込んだので、村は変化に向って開かれることになった。都市へ走り、自分の村のことを振り返って見た者も同様で、やはり新しい経験を得て戻ってきた。人力動員をより容易にすると同時に住民の監視をより完全にするために、日本側は各部落や村落に隣組(互助会)を組織した。インドネシア民衆に対して日本軍政府が行なった労働力動員は、1般的に見て社会変動を推し進める役目を果した。なぜなら、それによって初め民族全体の生活から、閉ざされていた村々にまで、社会不安が到達させられたからである。」
東南アジアに旅行する青年が、まったく日本が戦争中に行った行為を知らないで、現地人の怒りをかうことが指摘されるが、やはり、国際的な理解を深めるための歴史教育のあり方が、必要であろう。
歴史学は、こうしてふたつの立場があるが、これまでのほとんどの「歴史教育」は、自国の地位を正当化し、国民に愛国心を植えつけることに奉仕をしてきた。しかし、特に第二次大戦後、ドイツは、自国の歴史を加害者の立場として記述し、また、日本でも、日本の戦争における加害行為を記述するようになった。そこに至るには、さまざまな経緯があったが、これまでの歴史教育から考えると、異色のものであった。
しかし、そのことは逆に、いわゆる「自虐史観」批判という形での歴史教育構想が打ち出され、ドイツでも日本でも、大論争を引き起こしている。日本では、1980年代にも、また、90年代にも、教科書問題が、特に歴史教育をめぐって起きている。しかし、80年代の問題は、主にアジア諸国からの批判が外交問題に発展したのに対して、90年代の問題は、国内からの批判から起っている。
更に、1990年代の新しい現象として、ヨーロッパで、ヨーロッパ全体の視点から見た歴史教科書が編纂された。つまり、近年、歴史教育が、単に自国の立場を正当化する立場からではなく、自国を相対化し、さまざまな視点から見る歴史観を育てようとする方向と、あくまでも、自国の立場を前面に出す立場が、鮮明に対立してきているのである。
このことを逆に考えると、歴史教育は、国際的な理解を深めることにもつながるし、また、逆に、国家間の対立感情を煽る役割を果たすこともある。後述するように、日本と韓国の間に、否定しがたい悪感情があるが、これは、双方の教育のあり方に影響を受けていると考えることができる。
一頃、アジア各国の日本に対する教育は、日本の戦争責任を厳しく追及するものであったが、もちろん、そればかりではない。
例えば、インドネシアの教科書には、「労務者は村落の農民から集められたので、この徴発は農村の経済状況にも影響を及ぼした。農民の労働力がよそにとられてしまったので農村経済はいよいよ後退した。その間、労務者に対する取扱いは列悪を極めた。彼等の健康は保証されず、食べ物は不足し、労働はあまりに過重だった。その結果、多くの労務者がその働き場所で死んでいった。」とあるが、日本の残虐さだけを強調しているのではない。
「無事に村に戻った労務者はいろいろな面で新しい経験を積んできていた。帰還した彼等が新しい考え方を持込んだので、村は変化に向って開かれることになった。都市へ走り、自分の村のことを振り返って見た者も同様で、やはり新しい経験を得て戻ってきた。人力動員をより容易にすると同時に住民の監視をより完全にするために、日本側は各部落や村落に隣組(互助会)を組織した。インドネシア民衆に対して日本軍政府が行なった労働力動員は、1般的に見て社会変動を推し進める役目を果した。なぜなら、それによって初め民族全体の生活から、閉ざされていた村々にまで、社会不安が到達させられたからである。」
東南アジアに旅行する青年が、まったく日本が戦争中に行った行為を知らないで、現地人の怒りをかうことが指摘されるが、やはり、国際的な理解を深めるための歴史教育のあり方が、必要であろう。
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