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アメリカは何処に行く?



ワスプ(WASP)は、ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントの頭文字をとった略語。白人(White)でアングロサクソン系(Anglo-Saxon)で、かつ新教徒(Protestant)であるアメリカ人。かつてはアメリカ人の典型として考えられ、米国での白人のエリート支配層を指す語として造られた。エドワード・ディグビー・ボルツェルが1964年にThe Protestant Establishment: Aristocracy & Caste in Americaを著したことで一般にも用いられるようになった。今日では、イングランド系プロテスタントのアメリカ建国以来のエリート達が現在のアメリカ合衆国の支配的な地位を占め続けているとするニュアンスがこめられ、主に反米、反白人、反共和党、反キリスト教根本主義によって使用される傾向がある。

人口統計から見る限り「アメリカ=WASPの国」というのはかなり誇張された神話であり、特にWASPのうちASはもはやさほど重要な要因とは考えられないという意見はある。しかし、今もなおアメリカの政治は一貫してWASP=白人でアングロサクソン系のプロテスタントという超エリートに握られている。

現在、WASPの条件満たしていないアメリカの大統領は、35代大統領のジョン・F・ケネディとバラック・オバマのみとされている。ケネディは、アイルランド系移民の子孫のあり、プロテスタントではなく、カトリック教徒であった。オバマは、黒人。


WASPエスタブリッシュメントのイメージは、裕福な家庭に生まれ、ニューイングランドの有名な寄宿高校と東部の有名大学を卒業した高学歴者で、ニューヨークの五番街に住み、高級ゴルフコースに属し、排他的なジェントルマン・クラブを作り、大手企業の経営者であり、多くは官僚や外交官、政治家として活躍しているエリートである。

だが時代が進むとともにWASPエスタブリッシュメントの社会に大きな変化が表れてきた。ジャーナリストのロバート・クリストファーが『門を打ち砕く-アメリカのパワーエリートの非WASP化』と題する本を出版したのが1989年。彼は著書の中で着実に進むWASPエリートの衰退の実態を克明に分析している。同氏は戦後のイタリア系やおポーランド系アメリカ人が中産階級化し、60年代の黒人の市民権運動がアメリカ社会を変えてしまい、60年代の経済低迷がWASPエスタブリッシュメントの資産を奪い去ったことで、WASPエスタブリッシュメントの衰退が始まったと指摘している。それから20年、オバマ大統領の誕生は、アメリカ社会の非WASP化を実現のものにしたのである。

アメリカがWASPエスタブリッシュに支配されているということは、もはや歴史上の事実になりつつある。バラク・オバマ大統領の誕生は、かろうじて残っていたアメリカは自分たちが建国したのだというWASPエスタブリッシュの誇りをも打ち砕いてしまった。

大統領選挙中にニューヨークでほとんどの人が気にもかけないような小さな出来事があった。しかし、それはニューヨークのWASP社会に憤りと、絶望感をもたらすに十分な事件であった。ニューヨーク・パブリック・ライブラリーが投資会社ブラックストーン・グループのCEO(最高経営責任者)のスティーブン・シュワルツマンの名前を図書館に付けることを発表したのである。シュワルツマンは図書館に巨額の寄付を行っており、その見返りとして栄誉が与えられたものである。

そうした公共施設への寄付や貢献はニューヨークのWASPが期待されている行為であり、そうしたことができるのは彼らの矜持でもあった。ニューヨーク現代美術館のコレクションの多くは彼らの寄付によるものである。だが、ユダヤ人のシュワルツマンが、その資金力に任せて巨額の寄付をし、さらに最高の栄誉を得たことは許し難いことであった。しかし、彼らにはかつてのような資産もなく、自らの社会的な影響力の低下を甘受するしかなかった。

ニューヨークには「ニッカボッカー・クラブ」や「ラクエット・アンド・テニス・クラブ」など6つか7つのWASPエスタブリッシュメントのみが会員になれるメンバーズ・クラブがある。非WASPを排除することで独特な上流社会を作り上げてきた。かつてその場は政治や経済を巡る支配層のインフォーマルな話し合いの場でもあった。しかし、最近、WASPの会員たちは、わずかであるがアジア系やアフリカ系の会員が見られるようになったことに苛立ちを隠さない。ある会員は「クラブをコントロールしている連中はもはや世界をコントロールしているわけではない」と皮肉な口調で最近の変化を語っている。

ブルムバーグ通信の創設者マイケル・ブルムバーグもユダヤ人だが「ラクエット・アンド・テニス・クラブ」の会員であった。同市はニューヨーク市長に当選すると脱会を申し出たが、今や排他性と優越性が最大の特徴であったWASPのメンバーズ・クラブは新パワーエリートを受け入れざるをえなくなっているのである。メンバーズ・クラブやスポーツ・クラブはWASPエリートの最後の誇りの砦であったが、もはやそれさえ守り切れなくなってきている。ジャーナリストのジェミ・ジョンソンはWASPエスタブリッシュメントの長老の「私はWASPエスタブリッシュメントが死につつあるとは思わない。なぜなら既に死んでいるからだ」という言葉を引いて、現在の彼らの置かれている状況を説明している(『ヴァニティフェア』2008年4月30日)。

第2次世界大戦後、WASPエリートの影響力は衰退し始めたといわれる。ジャーナリストのロバート・クリストファーは1989年に『ゲートを打ち砕く―アメリカのパワーエリートの非WASP化』と題する本を出版している。同氏は、第2次世界大戦後のイタリア系、ポーランド系、スカンジナビア系などの従来、下層社会にいた人々が急速に中産階級化し、社会の多様化が進んできたことが、WASPの相対的な地位の低下を引き起こしたと指摘している。さらに黒人の市民権運動は、WASPが作り上げてきた様々な制度を変えていったこと、さらに60年代、70年代の経済不振が富裕層であったWASPエスタブリッシュメントの経済的基盤を弱体化させたとも指摘している。

そうしたWASPエスタブリッシュメントの影響力の低下に最後の止めを刺したのが、オバマ大統領の誕生かもしれない。WASPエスタブリッシュメントは政権の中枢で政策に関わってきた。だがオバマ政権では20名の閣僚のうち白人は11名、アフリカ系が4名、アジア系が3名、ヒスパニック系が2名と、もはや白人が政府を動かすという状況ではなくなっている。

歴代44名の大統領のうちカトリック教徒であるジョン・F・ケデディ大統領を除き、全員がWASPである。プロテスタントの中でも11名が米国監督教会(エピスコパリタン)で、次に多いのが長老派教会(プレスビタリアン)の10名である。オバマ大統領も敬虔なプロテスタントで、ライト牧師の反米発言で教会を脱会するまでユナイテッド・チャーチ・オブ・クライストに属していた。ちなみにケネディは大統領選挙で、カトリック教徒が大統領になるのではなく、大統領がカトリックだったと語っている。また前回の大統領選挙で元マサチューセッツ州知事のロムニーはモルモン教徒で、選挙の最中にわざわざ宗教上の弁明を行っている。キリスト教の世界では、モルモン教は異端の宗教だとみられている。

だがアメリカの宗教であるプロテスタントの勢力は低下しつつある。議会での勢力分野を見ると、1961年にはプロテスタントの議員は両院を合わせて392人いたが、2009年には292名と大幅に減っている。これに対してカトリック教徒の議員は100名から161名と飛躍的に増えている。アメリカでわずか1・7%しかいないユダヤ教徒の議員は、12名から45名へと増えている。初めて仏教徒とイスラム教徒の議員がそれぞれ2名誕生している。社会の多様化を受け、議会での勢力もかつてのようなプロテスタントが圧倒的に優位な立場を占める状況ではなくなっている。

またアメリカ社会は遠からず白人が人口の過半数を割り込むと予想されている。08年2月に世論調査会社ピュー・リサーチ・センターが人口予測調査を行っている。それによると、05年の人口に占める白人の比率は67%であったが、50年には47%と過半数を割り込むと予想されている。他方、ヒスパニック系は14%から29%へと飛躍的に増加すると予想されている。アフリカ系はいずれも14%で、比率的には変わらない。アジア系も増加し、5%から9%になると見られている。

WASPエスタブリッシュメントの没落と同時に、アメリカは急激に“非白人国家”になるのである。それはアメリカの内政政策に留まらず、外交政策にも大きな影響を及ぼしてくるだろう。WASPエスタブリッシュメントの外交や発想は、イギリス的、貴族的なところが特徴であった。その代表的な人物がディーン・アチソンやジョージ・ケネンである。しかし、ヒスパニック系の影響力が増してくれば、外交スタイルも大きく変わってくるだろう。それと同時に国内の単一なアイデンティティが崩れることによって、政策の一貫性を維持するのが困難になるかもしれない。

国内政策も同様で、建国以来作り上げられてきた制度は人種的多様性を受容できるように変化を遂げつつある。そこにはもやは伝統的なWASPエスタブリッシュメントが思い描いたアメリカの姿はないだろう。

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